第1回「ブチまわされる」
- 2013/03/01
- 10:18

「チョロチョロするなや!」
そうノギマ先生の声が、響き渡ったかと思うと、タツヤはいきなりブチ回された。
「お前もなーに笑いよるんない!(なに笑ってんだよ?)」
続いて、ケンもブチ回された。
驚きにも似た何かが、全校生徒の並ぶ体育館を駆け抜けた。
ここで言う「ブチまわす」とは、
この地域の方言で、「殴られる」や「叩かれる」と理解してよい。
あれは、確か1991年、春の事だと思う。
ここは広島県呉市立仁方小学校。
新学年、新学期、新クラス、新任教師、新クラスメイト…。
新しい季節の風が、新しい時代の風を運んで来るように、
世の中は、自動車や家電に代表される機械産業から、
パソコンを主体としたIT産業へと大きく変わり始めようとしていた。
少し新しい学校生活に慣れるもクソもないこの季節、
仁方小学校では「先生サヨナラの会」と言うものが取り行われていた。
その名の通り、それは別の学校へ異動される先生達と「お別れ」を惜しむ会だ。
短いようで長い学校生活を共にした「教師と生徒」はとても強い絆で結ばれており、
時には目からは涙を流し、互いに感謝や惜別の想いを告げるのだが…。
その会では、厳しく禁じられている行為が三つあった。
それは「話をする事」「拍手をする事」「笑う事」である。
「話をする事」や「拍手をする事」は、
脳ミソが手や口に指示を出してはじめて行われる動作である。
5年生にもなって、そんなオネショのような事故が起こるはずなどないし、
ましてや「笑う」なんて事は全くの論外である。
と、少なくともタツヤとケンはそうタカをくくっていたのだ。
「おい!おい!」
先生に見つからない程度の小声でケンがささやいた。
「なんなー?(なんだよ?)」
娯楽性の低さと無駄な湿度の高さに、
毎年飽き飽きとしているタツヤは、気だるく返した。
「おい!見てみーや、バボが、バボがやばー」
バボ君とは、勉強も運動も一切苦手なのに、絵を書くのが得意で、
ノートや机といったあらゆるスペースに漫画を連載している隣のクラスの異端児…。
いや、ある意味、天才児だった。
「バボがどしたんな?」
背の高い二人は、列の後ろ側に隣同士で配置されており、
この程度の小声であれば、先生に見つからない距離にいた。
「まあ見てみーや、ほれ!」
そうケンの指差す先、バボ君のいる前方右方向へタツヤは目をやった。
ところが、次の瞬間、この世のものとは思えぬほど、収集のつかない何かに襲われ、
タツヤはその冷静さを失った。
【次回へ続く】
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